都会のはしっこ、2LDKで育ててます。

小学生と暮らすリアルを、少しだけ理論的に語ってみるブログ

『あの花』を親子で観た夜、言葉にできない余韻だけが残った

こんにちは。「都会のはしっこ、2LDKで育ててます。」の管理人です。

最近わが家では、寝る前に読み聞かせアニメ・ドラマを1話だけ観るのが習慣になっています。
その日の締めくくりをどうするかは、基本的に娘の気分しだい。

「今日は絵本ね」となる日もあれば、「ちょっとドラマ観たいな」と言ってくる日も。
眠くなるタイミングを見計らいながら、あまり引きずらない1話完結か短めの連続ものを選ぶようにしています。

そんなある晩、娘が選んだのは、なんと『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』。
通称『あの花』。

ちょっと意外なチョイスだったのですが、私自身、学生時代に一度観たことのある作品だったので、「これは…しんみりするやつだけど、大丈夫かな?」と少しドキドキしながら再生しました。

学生の頃に観て以来、思いがけない再会

『あの花』は2011年の作品。

当時は、「幽霊が出てくる青春アニメ」くらいの軽い気持ちで観始めたのに、回を追うごとにじわじわ刺さる展開に、後半は泣きそうになりながら観たのを覚えています。

でも、大人になってからは再視聴していなかったので、娘と一緒に画面を見つめながら「そうそう、こんな話だった…」と、懐かしさと少しの気恥ずかしさが入り混じるような感覚でした。

とはいえ、このアニメ、テーマは結構重ためなんですよね。
事故死した幼なじみ“めんま”が、夏の日に幽霊として主人公の前に現れ、止まっていた時間が少しずつ動き始める…というストーリー。

でも、娘はというと――

何かを感じたのか、黙って画面を見つめていた娘

小2にしては、ちょっと大人っぽい内容かな?と思いながら隣で様子をうかがっていたのですが、
驚いたことに、1話目から一言も発さず、画面に集中していたんです。

普段なら、わからないセリフがあると「これってどういう意味?」「この人怒ってるの?」と聞いてくるのに、その日はなぜか無言。
感情の動きもあまり表に出さず、でも、じーっと登場人物たちを見つめていました。

物語の舞台は秩父
亡くなっためんま、引きこもり気味のじんたん、再会しても素直になれない元・仲間たち――
大人が観ても切なくなる設定のなか、娘なりに「何かあるぞ」と感じ取ったような気がしました。

そして次の日も、「続きを観たい」とぽつり。
そのまま日を分けて、家族で全話視聴しました。

やっぱり“子どもが主役”の物語には反応する

過去記事でも何度か触れましたが、うちの娘は「子どもが主人公の作品」にとても反応しやすいタイプです。

たとえば『放課後カルテ』もかなりハマっていましたし、『名探偵コナン』も毎週チェックしています。
どうやら、自分に近い年代のキャラクターが葛藤したり、行動したりする姿に親しみを感じるようで。

『あの花』は登場人物こそ中高生ですが、物語の核心は“子どもだった頃の記憶”にあるので、娘にとっても理解しやすかったのかもしれません。

「友だちとケンカしたまま、言えなかったことがある」
「本当は謝りたかったけど、タイミングを逃してしまった」

そんな感情は、意外と小学生にも“あるある”なのかも。

「さみしいけど、好きかも」という感想

最終話を観終えたあと、何か感想を聞こうと思っていたのですが、
娘はちょっと考えてからこう言いました。

「さみしいけど、好きかも。めんま、いい子だったね」

深読みはしないけれど、ちゃんと“その子のこと”を考えていたようで、なんだかこちらが驚かされました。

理解度としてはもちろん大人にはかなわないけれど、
「子どもなりの受け取り方」があるんだなと感じた瞬間でした。

難しすぎない、でも軽くもない。ちょうどいい体験だった

『あの花』のような作品は、大人にとっては“感情が揺れる”話ですが、子どもにとっては“ちょっと不思議で気になる世界”のようです。

幽霊というファンタジー要素が入りつつも、
大切な人との距離感とか、気持ちのすれ違いとか、そういったものがとても丁寧に描かれていて。

あまり説明的じゃないぶん、それぞれの視点で受け取れるのがこの作品のよさなのかもしれません。

まとめ:親子で観るからこそ気づけることがある

子育てしていると、つい「これは何歳向け?」と気にしがちですが、
こういった作品こそ、親子で一緒に観て、それぞれの感じ方を持ち寄ることに意味がある気がします。

娘にとって『あの花』は、「わからないことがあるけど、何か気になる」タイプの作品だったようです。
でも、たぶんそれで十分。

ではでは。

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